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”真琴が帰ってきた――”
 そう知らせてくれたのは、放送で呼び出された職員室での、秋子さんからの電話だった。
 すぐさま担任に早退する旨伝えると、弾丸のように校舎を飛び出す。帰ってきて
くれた。俺たちの想いが、ものみの丘の狐に通じたのだろうか。
 途中で肉まんを買い込んで、そのまま水瀬家の玄関に駆け込んだ。
「秋子さんっ! 真琴はどこにっ!?」
「あら祐一さん、そんなに慌てなくても真琴は逃げませんよ」
「真琴ーっ! どこかに隠れてるのかーっ!」
「まあ祐一さん、あなたの足下にいるじゃありませんか」
 足下?
 視線を下げる、そこには…
 ――生意気そうな顔の狐が一匹。

「‥‥‥」
 変わり果てた姿に、俺はその場に崩れ落ちるしかなかった。
「そ、そりゃ生きて帰ってきただけでも有り難いとは思うけどさあっ…」
「そうですよ祐一さん。贅沢はいけません」
「だいたいホントに真琴かお前っ! ただの紛れ込んできた狐じゃないのかっ?」
(あうー)
 とは言わなかったがそんな素振りを見せると、前足を上げて俺の頭を叩き始める狐。
「いててて。ち、ちょっと待てっ。ほら、肉まんやるから」
(あう)
 ぴくん、とひげを振るわせ、俺が空中に掲げた肉まんに飛びかかる。
 さっ
 素早くその手を引っ込めると、勢い余った狐はそのまま壁に激突した。
 間違いなく真琴だ…。
(あうーっ! あうーっ!)
 怒って俺の足に噛みつく真琴を眺めながら、思案に暮れる俺。さて、どうやって
人間の姿に戻したものか…。

「ただいまー」
 と、遅れて早退してきた名雪が帰ってくる。
「祐一、美汐ちゃん連れてきたよー」
「お邪魔します…」
「いいところへ来た天野。実はかくかくしかじか」
「相沢さん、それは贅沢というものです」
「ぐっ」
 まあ、天野にしてみればそうも思うだろう。
 この姿だって真琴には変わりはないのだし。
 けど…
「きつねーきつねー!」
(あうー)
「ふわふわのもこもこー!」
 人の苦悩をよそに、真琴を抱きしめてはしゃぐ名雪。
「祐一、真琴は狐のままでいいよっ」
「そうねぇ、食費も浮くし」
「人間になった場合、戸籍等の問題も発生しますしね」
「ちょっちょっとちょっとーっ!」
 なんだか流れが怪しくなってきたが、女性三人を敵に回しては勝ち目がない。
ひとまず場を落ち着けるべく、俺は軽く咳払いする。
「いや、ここは真琴自身の意思を尊重すべきじゃないのか?」
「うん、そうだね」
 真琴を放し、しゃがみこんで尋ねる名雪。
「ねえ真琴。人間として受験や就職に晒されるのと、狐のままで毎日食っちゃ寝
できるのとどっちがいい?」
「どーゆー聞き方だ!」
 真琴は考えるまでもなく、だらりと寝そべって肉まんをかじり始めた。
「いいなぁ…。わたしも狐になりたいよ…」
 名雪、お前って奴ぁ…。
「それでは真琴は狐のままということで、皆さんよろしいですか?」
「いいよ」
「了承」
「ちょっと待てーーっ! 俺はどうなるんだ。だいたい狐の姿じゃ何もできない
じゃないかっ!」

 ‥‥‥‥。
 俺を待っていたのは、三人の冷ややかな視線だった。

「あらあら、一体何をしたいのかしら?」
「祐一、不潔…」
「相沢さん。あなたには失望しました」
「ご、ごご誤解だっ。ほら、なんだ、俺は真琴と一緒に対戦テトリスをやりた
かったんだ」
「今時そんなものやってる人いないよっ」
 くっ、もはやここまで。俺は真琴の首根っこを引っつかむと、一目散に水瀬家を
飛び出した。
「祐一、どこ行くのーっ!?」
「真琴を人間にしたらすぐ戻る!」

「いいかよく聞け真琴。確かに狐は楽かもしれないが、マンガは読めないぞ?」
(あう)
「それどころか一生を名雪のペットとして送ることになるぞ?」
(あうーあうー)
「わかればいいんだ。それじゃ行くとするか…あれ」
 目の前を栞が通りかかる。
「わ。祐一さんですー」
「そうだ栞。狐を人間に変える薬はないか?」
「祐一さん、昼間からラリってるんですか? 冗談は顔だけにしてくださいー」
 ちょっと聞いてみただけじゃないか…。
「狐ってこの子ですか?」
 手を伸ばして、真琴の頭をなでる栞。
「可愛いですー。毛皮が高く売れそうですー」
(あうっ!)
「おい…」
「動物実験にも最適ですー」
「もういい、しゃべるな」
「知らないんですね祐一さん。新薬が開発されるたびに、どれだけの動物が犠牲に
なっているか…」
(あうーっ! あうーっ!)
「なんてこと言う人、嫌いです」
「こっちのセリフだ!!」
 と、こんなことをしていては昼休みが終わってしまう。
 俺は栞に別れを告げ、学校の屋上に続く踊り場へと向かった。
 動物が女の子になるのは魔法少女ものの定番! あの人なら何とかしてくれるに
違いない。

 が…
「ごめんなさい。実は佐祐理、オベリスクの召還魔法しか使えないんです」
「なんでよりによってそんなものを…」
 佐祐理さんが杖を振るやいなや、空から巨神兵が現れる。
「これが佐祐理のオベリスクですよー! わははははーー!!」
「ああっ漫画板でしか通用しないネタを」
「ということで、頼むなら舞に頼んでください」
「舞に?」
 じーっと真琴を注視している舞。こいつが?
「実は舞はすごい超能力者で、死んだ母親すら生き返らせるほどなんです」
「そ、そうだったのか。頼むぜ舞!」
「断る」
「‥‥‥‥」
「私 は 狐 の 方 が い い !!」
 いや、そこまで断言しなくても…。
「きつねさん、おいでおいで…」
 人の話を無視して真琴に手を伸ばす舞。バカめ、真琴がそうそう人に懐くはずが
……って弁当見せたとたんに駆け寄りやがった! 所詮は獣かッ!
「あははーっ、可愛いですねーっ」
「祐一…。この子譲って」
「無茶言うなっ!」
 もぐもぐと弁当食ってる真琴を、舞の手から引ったくる。
「ううっ、きつねさん、きつねさん…」(しくしく)
「よくも舞を泣かせましたね。祐一さん…あなたを殺します」
「さよーーならーーー!!」
 脱兎のごとく逃げ出す俺。真琴は…満腹してげっぷしている。なんだか何もかも
馬鹿馬鹿しくなってきた…。
 い、いやここでくじけるな。まだ最後の手段がある!
 俺は真琴を抱えたまま、並木道へと急いだ。

 真琴とともに天使の人形を掘り当て、商店街で羽根つきリュックをつかまえた
頃には、既に夕方になっていた。
「え、ボク?」
「真琴シナリオなら最後の願いを使ってないだろう。残しておいても仕方ないぞ。
パーッと使え、パーッと」
「でもそれじゃボク、一生目が覚めないんじゃ…」
「細かいことは気にするな。誰もそんなこと気にしとらん! さあ選べ、お前は
奇跡を起こすのか、奇跡を起こすのか、奇跡を起こすのかぁっ!」
「選択肢がないよっ!!」
 ちっ、かくなる上はやむをえんっ…。
「たい焼き10個」
「50個」
「…お前な…」
「嫌ならいいよ」
「だーっ! わかった50個!」
 想像したあゆの口からよだれが垂れる。
「はっ!(じゅるっ) えーと、他でもない祐一君のため、ボクは喜んで協力するよ!」
「勝手にしてくれ…」
「じゃ、その人形貸して」
 天使の人形を空高く掲げ、厳粛な顔で呪文をとなえるあゆ。

『最後に…』
『たったひとつの願いを叶えて…』
『ボクの、願いは…』

 ボンッ!

 その瞬間、そこにはあの日のままの真琴がいた。
「あうーっ…。祐一ぃ…」
「真琴…」
「服まで一緒に復活することないのに」
「な、なに言ってるのよぅっ! 祐一のヘンタイ! バカバカバカーーッ!!」
「いてててて。冗談、冗談だっ」
 真琴のパンチを受けながら、頭にぽんぽんと手を置く。
「これで…ちゃんと結婚できるな」
「え…」
「約束したろ?」
「祐一…そのために、真琴を人間にしようとしたの…?」
「今度はちゃんと、秋子さんや名雪や天野も招待しような」
「あうぅっ…。ゆういちぃっ…」
 涙ぐむ真琴を抱きしめながら…、俺は取り戻した幸せを感じていた…。
「ケッ、やってらんねー」(ペッ)
「…あゆ…」
「ボ、ボク何も言ってないよっ。それじゃ祐一君、たい焼き代はキャッシュで頼むよ」
「月賦にしろ」
「キャッシュ」
「ぐっ…。真琴、あとでお前の小遣いから半額徴収するぞ…」
「あうーっ、わかったわよぅ…」
「うぐぅ、たいやき〜」
 奇跡を売っ払ったあゆは、羽根をぱたぱたさせながら去っていった。
「いいなあー、真琴もたいやき食べたい」
「秋子さんの料理の方がいいだろ。ほら、帰るぞ」
「う…うんっ!」

 秋子さんは笑顔で了承してくれた。
 天野はとっくに帰っていたが、電話で報告したら祝福してくれた。
 あとは…
 学校サボって寝ていた名雪を、とりあえず叩き起こす。
「ねむいよ〜」
「あうー、名雪ー」
「あ…。真琴、人間の姿になっちゃったんだね…」
「う…うんっ」
「はぁぁぁ〜〜〜〜〜〜ぁ…」
「あうー!」
「冗談だよ」
 屈託のない笑顔で、真琴の頭をなでる名雪。
「おかえり、真琴」
 真琴の顔にも満面の笑み。水瀬家一同が揃って、この家の中では、ずっとずっと
春が続いていくだろう…
「って何だ名雪、そのバケツは」
「え? 水をかぶると狐にならないかと思って」
『それは別のマンガだ!』
 俺と真琴が同時に突っ込んだ。

(おわり)


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